スタッフと働く

「最近の若者は」は、ピラミッドに書いてなかった——人によって声を変える店員を見て思ったこと

夕暮れの砂漠に立つピラミッドの遠景

「最近の若者は……」って言葉、ありますよね。

で、よく聞く話があるじゃないですか。ピラミッドの時代にも、「最近の若者は」って書き残されてたっていう。

僕も、なんとなく信じてたんですよ。人類は何千年も同じこと言ってるんだなあ、って。

ところが、調べてみたら——はっきりした出典が、ないらしいんです。

もとをたどると、古代エジプトの古い文書が「若者を嘆いた文」として紹介されて、そこから話が一人歩きした、と言われてます。しかも、その文書の中身は若者批判じゃなくて、当時の世の中の乱れを嘆いたものだったそうで。ほかの時代の「最近の若者は」の例も、ほとんどが伝え聞きで、確かな証拠はないみたいです。

……なんで、こんな話から始めたかというと。

この前、店で「最近の若いやつは」って言いたくなる場面を見たからなんです。

楽しいときの声と、お客さんが来たときの声

営業中、スタッフ同士が楽しそうにしゃべってたんですよ。仕事が終わったら、どこに遊びに行こうか、みたいな話。

声が明るいんです。笑い声も出てて。ほんとに楽しそうでした。

で、そこにお客さんが入ってきたんです。

「……いらっしゃいませ」

声が、ガクッと下がってるんですよ。やる気のない声。さっきまでの明るさは、どこにいったの、っていうくらい。

正直に言いますね。これ、卑怯だなって思いました。

だって、明るい声は出せるんですよ。さっきまで出してたんだから。出せないんじゃなくて、出す相手を選んでる。自分の都合で。

もし、知り合いが食べに来たら

ちょっと想像してみてほしいんです。

そのスタッフの知り合いが、友達を連れて、ラーメンを食べに来たとしますよね。

で、その友達は、席で待ってる間に見ちゃうわけです。ほかのお客さんには、暗い声で「いらっしゃいませ」。なのに、自分たちには、明るい声で「いらっしゃいませー!」。

その友達、どう思います?

**「ああ、この人、人によって使い分けてるんだな」**って思いますよね。本気で仕事してないんだな、って。

本人は、自分だけのことだと思ってるんです。でも、人によって態度を変える姿って、思ってるより、ちゃんと見られてる。 しかも見た人は、その一回で、その人の中身まで分かった気になっちゃう。

前に「信用残高」の話を書きましたけど、ああいうのって、こういう一回で、ごっそり減るんですよね。

のれん越しに、昼の光が差し込む店の入口

疲れてても元気よく言える人は、かっこいい

逆に、僕がかっこいいと思うのは、こういう人です。

大変なときでも、疲れてるときでも、元気よく「いらっしゃいませ」って言える人。

だって、お客さんの側に立ってみたら、明るい声で迎えられたほうが、気持ちいいじゃないですか。うれしいし、「ああ、迎えてくれたんだな」っていう気持ちになる。

そこには、こっちの気分なんて関係ないんですよ。お客さんは、こっちが疲れてるかどうかなんて、知らないので。

「いらっしゃいませ」の話は前にも書きましたけど、結局ここなんだと思います。声のトーンは、自分の気分で決めるものじゃなくて、相手の側に立って決めるもの。

なんで、声を変えちゃうのか

じゃあ、なんで人によって声を変えちゃうのか。

僕は、たぶんこうだと思ってます。

仕事を、辛いもの、苦しいものだと思い込んでる。

だから、楽しい話をしてるときはウキウキして、仕事に戻ったとたん、めんどくさそうになる。お客さんを「お客様」じゃなくて、ただの「客」として見てる。それが、声とか態度に出ちゃうんですよね。

僕の考える「仕事」

僕の考えは、ちょっと違うんです。

仕事っていうのは、相手の側に立って、「今どういう対応をしてほしいか」「何をしてほしいか」を考えることだと思ってて。

で、考えたら、その行動をとる。お客さんに喜んでもらう。

そうすると、対応力がついてくる。応用力も増えていく。そうやって、自分が成長していく。

成長するから、楽しい。

僕は、そういう考え方で仕事をしてます。仕事が楽しいのは、楽(らく)だからじゃない。自分が伸びていくのが分かるから、楽しいんですよ。

「最近の若者は」って、言いたくなったけど

で、最初の話に戻ります。

正直、今の若い世代を見てて、「楽してお金を稼いで、ほどほどに、都合よく生きたいのかな」って感じることは、あります。僕の感覚ですけどね。

でも、考えてみたら——もっと上の世代から見たら、僕らの世代のほうが、よっぽど楽してるように見えてるのかもしれない。

「最近の若者は」が、本当にピラミッドに書いてあったかどうかは分かりません。でも、いつの時代も、上の世代が下の世代にそう言いたくなる、っていうのは、たぶん本当なんだと思うんです。で、今の若い世代も、いつかもっと若い人たちを見て「怠けてるな」って思うのかもしれない。

だから結局、年齢の話じゃないんですよね。 同じ若い世代でも、「姉を超えたい」って言って入ってきた子みたいに、最初から全力の子もいる。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも、書いておきます。

「疲れてるときくらい、声が落ちてもいいのでは?」

気持ちは、分かります。僕だって疲れる日はあります。

でも、お客さんには関係ないんですよ。その日、その時間に、その一杯を食べに来てくれた人にとっては、それが全部なので。だから、疲れてても元気よく言える人は、かっこいいんです。

「仕事が楽しいなんて、店主だから言えるんじゃないですか?」

そう見えるかもしれません。

でも、僕が言ってる「楽しい」は、楽な仕事の楽しさじゃないんです。相手のことを考えて、うまくいって、できることが増えていく。その楽しさは、店主じゃなくても、誰でも手に入るものだと思ってます。

開店前の厨房に、空の丼が並び、寸胴から湯気が立ち始めている

見られているのは、声のトーン

まとめますね。

人によって声を変える姿は、思っているより見られている。 そして、その一回で、その人の中身まで読まれてしまう。

声のトーンは、自分の気分で決めるものじゃなくて、相手の側に立って決めるもの。疲れてても元気よく迎えられる人は、かっこいい。

仕事は、辛いだけのものじゃない。相手の立場に立つから、成長する。成長するから、楽しい。

「最近の若者は」って言いたくなったら、たぶん、言う前に自分の声のトーンを確かめたほうがいいんですよね。僕も含めて。