接客の極意って、なんですか?——新人の「いらっしゃいませ」を聞いて思った、たったひとつの答え

開店前の厨房で、新しいエプロンの紐を結ぶ手元

新人さんが、また来ました。

面接のときは、わりときれいな格好で。靴も、ちゃんとしてて。まあまあまあ、いいかな、と思って採用してみたんですよ。

で、初日が終わっての感想です。

正直に言いますね。「やめなきゃいいかな」。これくらいです。

初日の感想は「やめなきゃいいかな」

何が引っかかったかというと——挨拶、返事、「いらっしゃいませ」、「ありがとうございました」。

どれをとっても、ちょっと弱いんですよ。

弱いっていうのは、声が小さいとか、そういう話じゃなくて。熱量を感じないんです。

「なんとかして、いい仕事をしたい」じゃなくて、言われたことをやる。言われたから、「いらっしゃいませ」って言う。仕事をしてるっていうより、作業をしてるのに近いんだと思います。

前にも書きましたけど、面接で分かるのは半分なんですよね。残りの半分は、働いてみないと分からない。今回は、その残り半分が、ちょっと心配な感じで出てきた。

「いらっしゃいませ」には、3種類ある

で、考えたんです。

同じ「いらっしゃいませ」でも、言ってる人の中身って、たぶん3種類あるんですよ。

1人目は、言えって言われたから、言ってる人。

2人目は、家族のために、言ってる人。働いてお金を稼いで、家族を食べさせるために。

3人目は、お客さんを喜ばせたくて、言ってる人。

1人目は、正直、論外です。

2人目は、決して悪いことじゃないんです。むしろ立派だと思います。家族のためにがんばれる人って、それだけで信用できますからね。

でも——3人目には、かなわない。

なんで、3人目にかなわないのか

仕事のいちばん大事なことって、お客さんを幸せにすることじゃないですか。気分よく帰ってもらうこと。接客なんて、特にそうで。

で、本気でお客さんを幸せにしたいって思ったら、どうなるか。

相手の側に立って、考えるんですよ。どういう言い方にしたらいいか。どういう言葉遣いにしたらいいか。誰に言われなくても、自分で考える。

それが、ちゃんと相手に伝わって、いい接客になるわけです。

「家族のため」は、自分が働く理由なんですよね。それはそれで大事。でも「お客さんを喜ばせたい」は、目の前の人に向いてる。向いてる先が違うから、出てくるものが違うんだと思います。

カウンター越しに、湯気の立つラーメンを両手で差し出す手元

接客の極意は、ひとつだけ

接客の極意って、よく聞かれそうな話じゃないですか。本も出てるし。

でもね、僕は極意なんて、簡単だと思ってて。

お客さんを幸せにしたい。これだけです。

たとえ言葉が間違ってようが、ちょっと変だろうが、関係ないんですよ。お客さんを幸せにしたいと思って言う「いらっしゃいませ」は、言葉の抑揚に出る。音程に出る。仕草に出る。立ち方に出る。

たとえば——腕組みしながら「いらっしゃいませ」なんて、言わないじゃないですか。お客さんを幸せにしたいって思ってたら。

これ、マニュアルに「腕を組むな」って書かなくても、そうなるんですよ。

幸せにしたいって思えば、おのずと考えて、行動する。

言い方も、立ち方も、ぜんぶ後からついてくる。極意っていうのは、たぶんその「思う」のところにしかないんです。

与えるのが、先

で、もうひとつ、伝えたいことがあって。

こういう「相手に与える」っていう考え方——ギブの精神ってやつですね。これって、結局、最後に全部、自分に返ってくるんですよ。

返ってくるっていうのは、一時的にじゃなくて。人生の最後に、全部返ってくる。僕は、そう思ってます。

だって、そういう行動って、周りが見てるんですよね。

「あの人、いいね」ってなる。周りが放っておかない。極端な話、ヘッドハンティングだってあると思うんです。「うちで、もっと高い時給で働かない?」って。いい人だったら、絶対ありますよ、そういうこと。

店の人間だって、そうです。僕だって、そういう人には、いい給料を払ってあげたいって思いますから。

だから——与えるのが先。手放すのが先なんです。

見返りがあるからやる、じゃなくて。来るかどうか分からない見返りを、それでも、来る可能性を信じて、先に出す。

これが、先出しの精神ってことなんだと思います。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも、書いておきます。

「初日の新人に、そこまで求めるのは酷じゃないですか?」

おっしゃるとおりで。今は、求めてないです。やめなきゃいいかな、くらいで(笑)。

ただ、知っておいてほしいことではあるんですよね。「いらっしゃいませ」は、言わされるものじゃなくて、お客さんに渡すものなんだ、ってことは。

「家族のために働く、じゃダメなんですか?」

ダメじゃないです。立派です。そこは、はっきり言っておきます。

ただ、仕事の中身で比べたら、お客さんを喜ばせたいと思ってる人には、かなわない。これは、正直な話です。

「与えても、返ってこなかったら?」

返ってくるかどうかは、分からないです。一時的には、返ってこないこともあると思います。

でも、人生の最後には、全部返ってくる。僕はそう信じてやってます。……証明は、できませんけどね。

夕方、のれんの内側からお客さんを見送る後ろ姿

「思う」が先、言葉は後

まとめますね。

接客の極意は、ひとつだけ。お客さんを幸せにしたいと思うこと。

そう思えば、言い方も、立ち方も、自分で考えるようになる。言葉が多少まちがってても、ちゃんと届く。

そして、与えるのが先。見返りは、来るかどうか分からない。それでも先に出す人のところに、最後は全部、返ってくる。

うちの新人さんの「いらっしゃいませ」が、いつか変わる日が来るのか。それは、まだ分かりません。

でも、変わるとしたら——たぶん声の大きさからじゃなくて、「思う」ところからなんですよね。