ラーメン屋が、よそのラーメン屋で見ているところ——味には、あんまり興味がないんですよ

掃き清められた小さな飲食店の入り口

今日はね、職業病の話をします。

ラーメン屋が、よそのラーメン屋に食べに行くとき、何を見てるか。——これ、けっこう深いんですよ。

で、先に白状しておきますね。

味には、あんまり興味がないんです。

……ラーメン屋がそれ言うか、って話なんですけど(笑)。理由はあとで書きます。

まず、入り口です

店に入る前から、もう始まってます。

入り口の掃除が、されてるかどうか。

ここ、いちばん最初に見ます。のれんをくぐる前に、足元を見てるんですよ。

それから——ラーメン屋って、入り口に券売機がある店が多いじゃないですか。あそこに貼ってある文言を、けっこう気にします。

手書きなのか。パソコンで作ってるのか。そしてその紙が、ボロボロなのか。きれいで見やすい紙になってるのか。

紙一枚なんですけどね。「お客さんが最初に読むもの」をどう扱ってるかが、そこに出るんですよ。ここまでが、第一段階です。

古くても、手入れされてるか

中に入ったら、店内の綺麗さを見ます。

ただしここ、大事なところがあって。「新しいから綺麗」は、見てないんです。

新しい店が綺麗なのは、当たり前なんですよ。お金を出せば買える綺麗さなので。

僕が見てるのは——古くても、ちゃんと手入れがされてるかどうか。

年季の入ったカウンターが、拭き込まれて艶が出てる。古い床が、隅まで掃除されてる。あれって、その店の店主の考え方がそのまま出るんですよね。僕は、それを見るのが好きなんです。

食券の、受け取り方

券売機の店なら、食券を渡す瞬間がありますよね。

あそこで、受け取る人がどんなテンションで、どんな表情をするか。

心でやってるのか。作業でやってるのか。

食券を受け取るなんて、ほんの一秒です。でもその一秒に、熱が入ってるかどうかって——分かっちゃうんですよ。 前に「やる気は言葉に出る」って書きましたけど、あれと同じです。出ちゃうんです、どうしても。

カウンター越しに、食券を手渡す手元

座り直すフリをして、厨房を見る

で、席についたら。

座り直すフリをして、厨房がどうなってるか、ちらっと見ます。

バレないようにね(笑)。もう癖みたいになってます。

厨房の綺麗さって、客席から全部は見えないんですよ。でも、ちらっと見える範囲にその店の全部が出てると思ってて。見える範囲が整ってる店は、見えない範囲も整ってるものなので。

で、なんで味に興味がないのか

ここ、ちゃんと説明しますね。

味って、人によるんですよ。 僕がうまいと思っても、隣の人は違うかもしれない。濃いのが好きな人、あっさりが好きな人。だから正直、よその店の味については、何とも言えないんです。

それより僕が気になるのは——

「また来たくなる店かどうか」は、何で決まってるのか。

雰囲気。人。この店の人たちが、何を考えて商売してるのか。そっちのほうが、よっぽど気になるんですよ。

だって、味が90点でも「もう来なくていいや」って店、あるじゃないですか。逆に、味は普通なのに、なぜかまた行っちゃう店も。その差がどこにあるのか——僕が食べに行って見てるのは、結局それなんです。

最後の試験は、帰り際です

そして、いちばん見てるのが帰り際です。

「ごちそうさま」って言ったとき、店主や店員が、どんな対応をするか。

考えてみてほしいんですけど、店側からしたら、僕は数百人のうちの一人なんですよ。常連でもない、ただの一見客。

その「何気ない一人」に、どんな対応をするか。 そこに、店の全部が出ると思ってます。

忘れられない店の話

ここで、実際にあった店の話をさせてください。

「ごちそうさま」って言って帰るときね、たいていの店は、作業しながら下を向いたまま「ありがとうございましたー」なんですよ。目線は、こっちを見ない。

でもある店はね——作業の手の中で、一瞬だけ、こっちをちらっと見て言ってくれたんです。

たった一瞬ですよ。でもね、めちゃくちゃ嬉しかったんです。

「あ、あの店員さん、忙しいのに、こっちのことを少し気にしてくれた」って。

これ、絶対に真似しようと思いました。

忙しいときほど、逆なんですよ

ここが今日、いちばん言いたいところです。

ほとんどの人はね、こう考えるんですよ。

「忙しいんだから、目線を合わせられなくてもしょうがないよね」

——逆なんです。考え方が、逆。

忙しいさなかに一瞬だけ目線をくれるから、「あの忙しさの中で、ちゃんと言ってくれた」が伝わるんですよ。

暇な店の「ありがとうございました」より、満席の店の一瞬の目線のほうが、何倍も重い。忙しいときほど、やったほうがいいんです。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも書いておきます。

「よその店をジャッジして回るの、感じ悪くないですか?」

うーん。ジャッジというより、勉強のつもりなんですよ。

いいところは真似する。「ああはならないぞ」も持ち帰る。よその店は、お金を払って入れる教科書なんです。

それにね、これ、ブーメランなんですよ。僕がよその店をこう見てるってことは、うちの店も、誰かにこう見られてるってことなので。食べに行くたび、ちょっと怖くなって帰ってきます。

「味に興味がないって、ラーメン屋失格では?」

自分の店の味には、興味だらけですよ(笑)。丼が返ってくるたびテストだと思って見てるくらいなので。

よその店の味を「うまい・まずい」で語っても、自分の店に持ち帰れるものが少ない、っていう話です。持ち帰れるのは、味以外のところに転がってるんですよ。

「で、実際に何か持ち帰ったんですか?」

あります。さっきの帰り際の目線が、いちばん大きいやつ。

あとね、めちゃくちゃ些細なんですけど——ある小上がりの店で、座布団がふかふかで、気持ちよかったんですよ。それだけのことなんですけど、「あ、これ僕も真似しよう」って思いました。

座布団ですよ?(笑)。でも、そういう些細なものの積み重ねが「なんかいい店だったな」を作ってるんですよね。小物ひとつ、配置ひとつ。そういうところ、気にして見てます。

小上がりの座敷に、ふかふかの座布団が並んでいる

よその店を見る目は、自分の店に返ってくる

まとめますね。

僕がよその店で見てるのは、入り口の掃除、貼り紙の紙、古いものの手入れ、食券を受け取る一秒、厨房のちら見え、そして帰り際の一瞬。

ぜんぶ、味以外です。

で、面白いのはね。見て帰ってくると、必ず宿題が増えてるんですよ。

うちの入り口、掃除できてるか?券売機の貼り紙、ボロボロになってないか?僕は食券を、心で受け取ってるか?——よその店を見る目は、そのまま自分の店に返ってくるんです。

だから僕は、よその店に食べに行くのが好きです。

一杯のラーメン代で、教科書と宿題がついてくるので。