「ちょっとサービスしてよ」と言われたとき——してあげたくなるお客さんは、何も言わない人でした

夜の居酒屋のテーブル。飲みかけのグラスとおしぼりが並んでいる

今日は、お客さんの話をします。飲食店の方なら「あるある」だと思うんですけど。

そしてね、けっこう言いにくいことを書きます。

「ちょっとサービスしてよ」

ちょっと仲良くなった人にね、たまにこう言われるんですよ。

「ちょっとサービスしてよ」 「せっかく行くんだから、なんかつけてよ」

しかもこれ、たいてい店の中じゃないんです。飲みの席とか、仕事以外の場所で言われる。

気持ちはね、すごく分かるんですよ。 「ちょっとぐらい、いいじゃない」ですよね。僕だって、その感覚は分かります。

でも——正直に言うと、ちょっと嫌なんです。

嫌な顔はしませんよ。できないですし。でも心の中ではね、なんというか、おこがましく感じちゃうんですよ。

なんでだろうなあ、ってずっと考えてました。今日はその答えを書きます。

してあげたくなる人はね、何も言わない人でした

先に、逆から書きますね。

じゃあ、誰にならしてあげたくなるのか。

考えてみて、自分でもちょっと意外だったんですけど——何も言わない人なんですよ。

丼を出したときに「ありがとうございます」って言える人。食べ終わったあとに「ごちそうさま」って言う人。

それだけです。それ以外、何も言ってこない。

こういう人にね、僕らは心から「やってあげたい」と思うんですよ。

順番が、逆なんですよね

なんでだろう、と考えて、気づいたことがあって。

「ありがとうございます」も「ごちそうさま」も、もう渡してるんですよ。

言葉っていうかたちで、先に、こっちに渡してくれてる。

だから、こっちも返したくなる。もらったから、返す。 それだけの話なんですよね。

一方でね、「サービスしてよ」の人は——

渡す工程を飛ばして、集金に来てるんですよ。

先に渡してくれる人には、返したくなる。 先に取りに来る人には、渡したくなくなる。

これ、たぶん人間の仕組みだと思います。

カウンター越しに、湯気の立つ丼を差し出す手と、受け取る手

不思議だと思いませんか

ここからがね、僕がいちばん不思議に思ってることなんですけど。

サービスしなかったら、こっちが怒られるんですよ。

考えてみてください。お金はちゃんともらってる。商品もいつも通り出してる。何ひとつ、悪いことはしてない。

なのに「サービスしてよ」に応じないと——**「なんだよ、やってくれないのかよ」**って顔をされる。

ひどいときは、**「あいつ、分かってねえな」**とまで思われる。

……これ、不思議じゃないですか?

たぶんね、こういうことなんです

自分なりに、答えが出ました。

「サービスしてよ」って言った瞬間に、関係が書き換えられてるんですよ。

相手の中では
言う お客と店。何も貸し借りはない
言った 仲のいい者どうし。断るのは冷たい仕打ち

だから断るとね、商売の判断が、人格の拒絶に変換されるんです。

「サービスを断られた」じゃなくて、**「俺が軽く扱われた」**になっちゃう。

——だから怒るんですよね。理不尽に見えて、向こうの中では筋が通ってる。

一度やると、戻せないんですよ

もうひとつ、商売として大事なことがあって。

こっちがサービスするとね、向こうは調子に乗ります。

意地悪で言ってるんじゃないですよ。そうなるんです、人間だから。

そして次からは、それが当たり前になる。

ここが怖いところで——当たり前になったものは、元に戻せないんですよ。次に断ったら「前はくれたじゃん」ですから。

つまりね、本当のコストは味玉1個じゃないんです。

その人の値段を、永久に書き換えてしまうことなんですよ。

だから僕、正直あんまりやりたくないんです。

でもね、ここが難しいんですよ

ここまで読んで「じゃあ断ればいい」って思いますよね。

でも、そう簡単じゃないんです。

というのもね、「サービスしてよ」って言葉の中には、二つのものが混ざってるんですよ。

「こんだけ通ってるんだから、いいでしょ?」 「あんたの店、好きだよ」

——この両方なんです。

前者だけなら、断りやすいんですよ。ただの値切りですから。

でも後者が混ざってる。好きだから言ってる部分が、確かにあるんです。

しかも厄介なのはね、これ、別々の人じゃないってこと。同じ人の中に、両方ある。

だから切り捨てられないし、応じることもできない。そこがいちばん、悩ましいところなんですよ。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも書いておきます。

「たかが味玉1個で、ケチくさくないですか?」

——そう聞こえますよね。 分かります。

でもさっき書いたとおりで、問題は1個じゃないんですよ。その1個が「次からも」になった瞬間、それはサービスじゃなくて、その人だけの値下げになっちゃう。

しかも他のお客さんは、正規の値段で食べてるんですよ。その差を、僕はどう説明したらいいんでしょうね。

「常連を大事にしないんですか?」

大事にしてます。やり方が違うだけです。

僕が常連さんにしてることはね、値引きじゃなくて——顔と好みを覚えることなんですよ。 「今日は麺かためでしたよね」って出せることのほうが、味玉1個より嬉しいんじゃないかなと思ってて。

そっちのほうが、他のお客さんに不公平にもならないですしね。

「じゃあ、結局どうしてるんですか?」

……まだ、答えが出てません。 正直に書きます。

言われたらね、たいていは応じちゃうんですよ。嫌な顔もできませんし、その場の空気を壊したくないので。そして、あとでモヤモヤする。

最近ちょっと考えてるのはね、断るときは**「人」じゃなくて「決まり」を断ればいいんじゃないか**、ってことで。

「あなたには、ちょっと」だと、その人への判断になる。でも「うち、そういうのやってないんですよ」なら、店の決まりになりますよね。

決まりならね、全員に同じですから。「あなただから断った」にならないんですよ。

——ただこれ、まだうまく言えたことがありません。 頭で思ってるだけです。だから偉そうなことは言えません。

食べ終わった空の丼が一つ。箸がきれいに揃えて置かれている

何も言わない人に、いちばん出したい

まとめますね。

「ちょっとサービスしてよ」って言われるとね、正直、ちょっと嫌なんです。悪気がないのは分かってます。好意が混ざってるのも分かってます。

それでも、嫌なんですよ。

なんでかっていうと、サービスって、贈り物だからだと思うんです。

同じ味玉1個でもね、こっちから出したら「気持ち」で、向こうが求めたら「取引」になる。モノは同じなのに、性質が変わっちゃう。

請求された瞬間に、贈り物じゃなくなるんですよ。

だから僕は今日も、何も言わずに「ごちそうさま」って言って帰る人のことを、いちばん覚えてます。

——あの人たちにこそ、何かしてあげたいなあ、と思ってるんですよね。

言われてないから、やりたくなる。 不思議なもんです。