「調子悪いの?」の一言——挨拶のとき、必ず相手の顔を見ている理由

夕方の店の入口。のれんの隙間から光が差し込んでいる

今日あったこと、そのまま書きますね。ほんとに小さい話なんですけど。

夕方5時、学生スタッフが出勤してきました

うちで働いてくれてる学生の子がいてね。夕方5時から入ってくれてるんですけど。

その子が今日、いつもみたいに挨拶してくれて。

——あれ。

で、僕が最初に言った言葉が、これでした。

「調子悪いの?」

なんで、そう聞いたか

声がね、鼻声だったんですよ。

いつもと違う。それだけです。

そしたらその子、こう言って。

「はい、そうなんです」

——このとき、その子、ちょっと嬉しそうだったんですよ。

体調が悪いのに、嬉しそう。変な話ですよね。でも、確かにそうだったんです。

あの嬉しさは、なんだったのか

たぶんね、これだと思うんですよ。

「あ、気づいてくれたんだ」

体調が悪いことが嬉しいわけないですから。気づかれたことが、嬉しかったんですよね。

これ、僕にはよく分かるんですよ。だって、誰だってそうじゃないですか。自分のことを見てくれてる人がいるって、それだけで、ちょっと嬉しいでしょう。

なんで、気づけたか

これね、偶然じゃないんですよ。ちょっと自慢っぽく聞こえたら、すみません。

僕、挨拶するときはね、必ずその人の顔を見ながら言うようにしてて。もう、癖みたいなもんなんですけど。

前に「挨拶は、あなたの存在に気づきましたよっていう合図だ」って書いたことがあります。あれをね、毎日そのままやってるだけなんです。

そうするとね——気づいちゃうんですよ、小さい変化に。

声が違うな、とか。顔色が、ちょっとな、とか。今日は動きが硬いな、とか。

で、気づいたらすぐ言う。 ここも大事にしてて。あとで言おうと思うとね、たいてい言わずに終わっちゃうんですよ(笑)

で、そのあと何をしたか

正直に書きますね。特別なことは、何もしてません。

聞いたのは、いつからきついの、とか。熱はあった?とか。大丈夫か、とか。その程度です。

それ以上は、聞きませんでした。

仕事もね、いつも通りです。熱はないって言ってたので、そのまま入ってもらいました。しんどくなったら言ってね、とだけ伝えて。

厨房の作業台をはさんで、二人が向かい合って立っている

で、何か変わったか

ここも正直に書きます。

何も変わってません。

売上が上がったわけでもないし、その子が急に成長したわけでもない。

たぶんね、その子が思ったのは、これくらいだと思うんですよ。

「この人、よく気づくんだな」

それだけ。それだけなんですけどね——僕は、こういうのが積み重なっていくんだと思ってます。

裏返すと、こうなるんですよ

ここからは、あんまり言われないことを書きます。

顔を見るって、裏返すと「見られてる」ってことなんですよね。

これ、自分でも考えてみて、確かになあ、と思って。

体調に気づいてもらえるのは、嬉しい。でも同じ目がね、別のものも見てるんですよ。

あなたの仕事も、見てますよ、っていうことでもある。

「手を抜いたら、すぐ分かるよ」

僕ね、スタッフが手を抜いたら、すぐ分かります。

毎日その人を見てるからです。いつものスピード、いつもの丁寧さを知ってるから、そこから落ちたらすぐ気づく。

でもね——これは、言いません。

「見てるからな」なんて言ったら、ただの脅しですから。言わないから、意味があると思ってるんですよ。

そのかわり、鼻声には気づいて、声をかける。

そうするとね、たぶん相手はこう感じるはずなんです。

この人、見てるな。

その「見てるな」の中に、優しさも、緊張感も、両方入ってる。 僕は、それでいいと思ってます。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも書いておきます。

「それ、監視じゃないですか?」

——半分は、そうです。 否定しません。

ただね、監視って**「悪いところを探すために見る」**ことじゃないですか。僕がやってるのは、そうじゃないつもりで。

だって、先に声をかけたのは体調の話ですからね。ミスの話じゃない。

見る目は同じでも、何に先に反応するかで、意味が変わると思ってるんですよ。ミスにだけ反応する人は、たぶん監視。体調に先に反応する人は、たぶん違う。

……って、思いたいだけかもしれませんけどね。

「気づいても何もしないなら、意味なくないですか?」

これ、けっこう鋭いところ突かれたなと思いました。

実際、僕は何もしてないですから。仕事も普通にしてもらいましたし。

でもね——「気づかれること」自体が、その人にとっての何かなんだと思うんですよ。

その子が嬉しそうだったのは、休ませてもらったからじゃない。気づかれたからです。何もしてないのに、嬉しそうだった。そこが答えな気がするんですよね。

「体調が悪い子を働かせるんですか?」

熱がないことはね、最初に確認しました。そこは聞いてます。

そのうえで、しんどくなったら言ってねとは伝えてあります。無理はさせません。

ただ、正直に言うとね。うちみたいな小さい店はギリギリの人数で回してるので、ここは毎回悩むところなんですよ。きれいな答えは、まだ持ってません。

日が暮れたあと、窓に明かりのついた小さな店

小さいことしか、できないので

まとめますね。

今日やったことって、たった一言です。

「調子悪いの?」

これで何かが変わったわけじゃない。売上も、その子の実力も、何も動いてません。

でもね、こういう小さいことしか、僕にはできないんですよ。

給料を倍にすることはできません。休みを増やすのも、今のうちの規模だと、そう簡単じゃない。

できるのは、顔を見て挨拶することくらいなんです。

——でもね。

前に「もう、いいや」と思って、あるスタッフの顔を見なくなった時期がありました。あのとき、その人は辞めていきました。

顔を見なくなると、人はいなくなるんだと思います。

だから僕は、今日も顔を見て挨拶します。それくらいしか、できることがないので。