「ここのラーメンを、ずっと推してるんだよ」——知り合いの知り合いには、絶対に気づけない話

夜のカウンターに座る年配のお客さんの後ろ姿と、丼の湯気

今日の夜、あったことです。

年配のおばあちゃんのお客さんにね、こう言われたんですよ。

「他のラーメン屋さんもあるんだけどね、本当にここのラーメンがおいしいのよ。ここのを、ずっと推してるんだよ

ありがとうございます、って返しました。嬉しかったです。本当に。

でもね、そのあと厨房に戻って、ちょっとゾッとしたんですよ。 いい意味で。

近所なのに、知られてなかった

そのおばあちゃん、実は最近見るようになった方なんです。

聞けば、けっこう近所の方らしいんですよ。でも、うちの店があること自体、知らなかったみたいで。何かのきっかけでたまたま来てくれて、「あら、こんなにおいしいんだ」って気づいてくれた。そこから、通ってくれるようになった。

——これ、ふたつのことを突きつけられてるんですよね。

近所にすら、まだ知られてない。 そして、一杯食べただけで、推すかどうかを決められてる。

知り合いの知り合いには、気づけない

で、ゾッとした話の続きです。

僕の知り合いが店に来たら、分かります。顔を見れば「あ、どうも」って。

でも——知り合いの知り合いだったら?

まったく、分かりようがないんですよ。

その人が今日、フラッと食べに来る。普通のお客さんの顔をして、一杯食べて、帰る。で、どこかで誰かに感想を話す。「あの店、行ったよ」って。いい話かもしれないし、悪い話かもしれない。

つまりね——カウンターに座ってる全員が、「誰かの知り合い」なんですよ。

どこで誰が見てるか、分からない。だから、どの一日も手を抜けないんです。

「手を抜く」の中身、全部書きます

「手を抜くな」って言葉だけだと、ふわっとしてるじゃないですか。

だから今日は、うちの一杯の中に「抜こうと思えば抜ける場所」がいくつあるか、正直に書きますね。

チャーシュー。 朝に一気に作って「はい、終わり」にもできるんですよ。でもうちは、昼用・中間用・夜用と、あえて分けて仕込んでます。 常に新鮮な状態で出したいので。しかも切るのは、注文が入ってから。 切り置きすれば楽ですけど、切りたてのほうが絶対にいいので。

麺。 僕が一度に湯がける限界は、6杯なんですよ。でも忙しいとね、「面倒くせえ、まとめて10杯いこう」っていう誘惑が来るんです。——それをやると、最初の麺と最後の麺で、上げ時間に差が出る。 同じ900円をもらってるのに、です。

盛り付け。 「チャーシュー、適当に乗せればいいや」「バランスなんてどうでもいいや」「脂身多めでもいいや」——やろうと思えば、できます。

スープの量。 これ、見た目で計ってるんですよ。だから「まあ、これくらいでいいか」が、いちばん忍び込みやすい。

火加減。 煮すぎたら、こてこてのラーメンになっちゃう。だから営業中ずっと、「大丈夫かな、大丈夫かな」って確認して、味見して、また確認してます。

——お気づきでしょうか。

手を抜かないって、特別なことをするんじゃないんですよ。「大丈夫かな」って確認し続けることなんです。地味でしょう。地味なんですよ。

湯気の立つ釜から、平ざるで麺を引き上げる手元

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも書いておきます。

「そんなの、当たり前のことでは?」

——そのとおり。全部、当たり前のことです。

でもね、当たり前って、疲れた日に崩れるんですよ。 満席が続いた日の閉店間際、「10杯まとめて」の誘惑は毎日来ます。当たり前を毎日やり続けることが、いちばん難しいんです。

「見られてるからやるんですか?見られてなかったら抜くんですか?」

……痛いところ突きますね。

正直、「見られてる」と思うことが、背筋を伸ばしてくれてるのは事実です。今日のおばあちゃんの一言で、また伸びました。

でも、今日分かったのはむしろ——「見られてない日」なんて、最初からなかったってことなんですよ。あのおばあちゃんは、僕が知らない間に、何杯も食べて、「推す」って決めてくれてたんですから。

「チャーシュー3回仕込みって、効率悪くないですか?」

悪いです(笑)。まとめて1回のほうが、絶対に楽です。

でもこれは、効率と品質の交換なんですよ。うちは品質のほうを取った。それだけです。効率化の話はさんざん書いてきましたけど、削っていいのは動きの無駄であって、品質は削っちゃダメなんです。

火にかかった寸胴を、お玉で味見する手元

評価は、知らない間に決まってる

まとめますね。

今日のおばあちゃんは、褒めるために来たんじゃないんです。僕が知らない間に、何杯も食べて、他の店と比べて、「ここを推す」って決めてくれてた。 僕がそれを知ったのが、たまたま今日だった。

つまり——評価って、言われた日に決まるんじゃない。知らない間に、決まってるんですよ。

丼が返ってくるのはテストだって、前に書きました。今日ので、もうひとつ分かりました。

テストは、毎日、全員ぶん、行われてる。 こっちが採点されてると気づいてない日も、ずっと。

だから明日も、注文が入ってから、チャーシューを切ります。

この話は、歌にもなっています

「ここのラーメンを、ずっと推してるんだよ」と言われた夜の話

YouTubeで聴く:「ずっと推してるんだよ」— 現場のうた