ユニフォームと、源泉徴収票——あの人が、最後に店に来た日

カウンターの上に、畳まれたエプロンと白い封筒が置かれている

前に、ひとりのスタッフを諦めた話を書きました。

その続きです。というか——終わりの話です。

ユニフォームを、返しに来た

辞めたあの人がね、ユニフォームを返しに、店に来ることになったんですよ。

オープン前に来るって話は、事前に聞いてました。

で、当日。オープンの時間が近づくにつれてね、胸がどんどん、どきどきしてくるんですよ。

自分の店で、ですよ。ただ人が物を返しに来るだけで、この心臓の鳴り方。……我ながら、なんなんだと思いますけど、これが正直なところでした。

会いたくない人に会うっていうのは、僕にとって、かなりのストレスなんです。

で、改めて分かったんですよね。僕は、挑戦とか苦難には強いんですよ。お金の恐怖にも、値上げの怖さにも向き合ってきた。でも、「会いたくない人に会う」「話したくない人と話す」——そこには、めっぽう弱い。

本心を、先に書きます

その日、僕が本当はどうしたかったか。

「はい、お疲れさまでした」だけ言って、終わりにしたかった。

正直ね、その会話さえ、したくなかった。

……ひどいと思われるかもしれません。でも、三年ぶんの積み重ねの果てなので、これが僕の偽らざる本心でした。

でも、そこはぐっと我慢してね。こう言ったんです。

「今日まで、ありがとうございました」

ちゃんと、言葉を付けました。「お疲れさまでした」だけじゃなくて、「ありがとう」を。

前の記事で「最後の日は、ちゃんとお疲れさまって言おうと思ってます」って書きました。——言えました。 それだけは、自分との約束を守れたかなと思います。

で、僕は源泉徴収票を渡して。向こうはユニフォームを返して。

それで、ちゃんちゃん。終わりです。

三年間が、書類一枚と布一枚の交換で終わる。あっけないもんですね。

……なんですけど、ここからが本題です

僕はそれで終わりにするつもりでした。嫁には「何もしなくていいよ」って言ってあったんです。

でもね。

嫁は、あの人の終わりの時間に合わせて、店に来たんですよ。

そして——**「長い間、お疲れさまでした」**って言って、休憩スペースで、15分くらい話してたんです。普通に。

それだけじゃないんですよ。

帰り際にね、選べるギフト——カタログから好きなものを一個選ぶと届く、あれです——あれに、ひとことメモを添えて、渡してたんです。

テーブルの上の、小さな贈り物の包みとメッセージカード

俺は多分、できなかった

それを見てて、思ったんですよ。

すごいな、って。

僕はね、「ありがとうございました」の一言を絞り出すのが、やっとだったんです。それが限界だった。

嫁は、15分話して、贈り物に手紙まで付けた。

俺は多分、そんなこと、できなかった。

同じ「見送る」でも、こんなに違うのかと。正直、ちょっと参りました。

別れ際って、大人が出るんですよ

で、考えたんです。

別れ際って、その人の大人が出るんですよね。

ツンツンした状態のまま別れたら——それはやっぱり、大人げないな、子どもだなって思うんですよ。自分がやられる側だったとしても、そう思うはずで。

だから、本心じゃなくてもいい。形だけでも、ちゃんとしたものを渡して終える。 そのほうが、大人なんですよね。

正直に言いますよ。悔しいし、本当はやりたくない。

でも——次に同じことがあったら、僕もプレゼントくらいは渡したほうがいいのかもな、って。やりたくないけど、思いました。 嫁に教わった形です。

辞めたあとの、正直な話

それでね、あの人がいなくなってからの話も、正直に書きます。

穴は、でかいです。 ギリギリの人数で回してる店から、一人抜けたんですから。大変は大変です。

でも——会わなくていい。

あの、毎日の小さなストレス。出勤するたびの、あの空気。あの連続が、なくなっただけで、心がすごく軽いんですよ。

なんて言えばいいのかな。霧が晴れたような感じ。 ずっと重いものを持って動いてたのが、ふっと下ろせたような。顔の上に、ずっと太陽が出てるような感じが、今、してます。

人が抜けて大変なのに、心は軽い。——人間って、そういうもんなんですね。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも書いておきます。

「辞めてホッとしたって、また言うんですか」

言います。事実なので。

きれいに「寂しくなりました」って書いたら、嘘になるんですよ。前の記事から一貫して、ここは正直に書くと決めてるので。

「奥さんにできて、あなたにできないのはなぜ?」

……たぶんね、嫁は三年間の毎日を、僕ほど浴びてないからだと思います。距離があったから、大人でいられた。僕は近すぎた。

でもね、それを差し引いても、嫁のほうが人として一枚上手だったと思ってます。悔しいですけど。

「で、結局何を学んだんですか」

これがいちばん大事なところです。

人ってね、一発で嫌いにならないんですよ。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、嫌になっていく。今回の三年間が、まさにそれでした。

だからこそ——途中で手を打つしかないんです。嫌なことをされたら、その場で「それは、やめてくれ」って、バシッと言う。

言えないとどうなるか。引きずるんですよ。で、傷口はどんどん、でかくなっていく。 気づいたときには「もう、いいや」まで育ってる。

僕はそれが、できなかった。バシッと言うのが怖くて、我慢して、我慢が憎しみに変わるまで放っておいた。 それが今回の、僕の敗因です。

朝、雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいる空

まだまだ、未熟だな

まとめますね。

この一件で分かったのは、僕の弱さの正体です。

挑戦には強い。でも、人とぶつかることには弱い。 そして、たぶんこの弱さは——この先も、そんなに強くならないと思うんですよ。性分なので。

だったらせめて、弱いなりのやり方を持っておくしかない。

嫌なことは、小さいうちに「やめてくれ」と言う。育てない。それでも別れが来たら、最後は本心じゃなくても、ちゃんとした形で終える。——嫁がやってみせてくれた、あの形です。

まだまだ、未熟だな。

でもまあ、未熟だと分かったのが、今回の収穫ということで。

——長かったこの話は、これで本当におしまいです。読んでくれて、ありがとうございました。


この話は、歌にもなっています

三年が、終わった日。ユニフォームと、源泉徴収票

YouTubeで聴く:「ユニフォームと、源泉徴収票」— 現場のうた