店主として続ける

ラーメン屋の開業は「やめとけ」?——止められて独立した店主が、今はスタッフに「やめとけ」と言う理由

開店前のラーメン店の客席。椅子がテーブルに上げられ、窓から朝の光が入っている

「ラーメン屋の開業は、やめとけ」

そう言われて、迷ってる人。たぶん、この記事にたどり着いたんじゃないかな、と思って。

先に、結論を言いますね。

その「やめとけ」は、半分は本当です。でも、半分は、言ってる人の都合です。

で、もうひとつ。僕は今、自分の店のスタッフが「独立したい」と言ってきたら、最初に**「やめとけ」**って言います。

……矛盾してますよね(笑)。今日は、その理由を書こうと思って。

地方で小さなラーメン屋をやっている店主です。雇われで長く働いて、そこから独立して。止められた側と、止める側。両方やってきた人間として、正直に話します。

僕も、「やめとけ」と言われ続けた

開業する前、僕も言われたんですよ。

誰にだと思います? 当時、僕を雇ってくれていた側の人です。

「開業なんて、しねえほうがいいよ。雇われてたほうが楽だよ」

これを、常々言われてて。口ぐせみたいに、こうも言ってましたね。

「雇われで、毎月決まった給料もらってさ。ボーナスも、たまには出てさ。そっちのほうが安定してて、いいよな」

僕、それを聞いて、半分は「ああ、そうか。そうなのか」って思ったんです。

でも、もう半分は、**「なんか、うまく丸め込まれてる気もするんだよな」**って思ってたんですよね。

なんで、「やめとけ」と言うのか

今になって、分かるんですよね。あれ、なんで言ってたのか。

簡単なんですよ。やめてほしくないから。

だって、僕が辞めたら、その分、どでかい穴が開くじゃないですか。そうしたら、上の人が自分で現場に立たなきゃいけない。現場に立ったら、店を増やすどころじゃなくなる。自分の仕事が、めちゃくちゃ増える。

しかも、辞めた人間が近くで店を出したら、ライバルになる。

だから、「やめとけ」って言う。

……って書くと、その人が悪い人みたいに聞こえますよね。でも、そうじゃないんです。

僕も今、人を雇う側になって、そう言いたくなる気持ちが、すごく分かるんですよ。いいスタッフに辞められたら、困る。それは、雇う側に立ったら、誰だってそうなんです。

だから、「やめとけ」と言われたら、ひとつだけ見てほしいんです。

その「やめとけ」は、誰の口から出てるか。

あなたが辞めたら困る人が言ってるのか。それとも、あなたが辞めても何も困らない人が言ってるのか。中身が同じ「やめとけ」でも、重さがまるで違うんですよね。

雇われ時代から独立するまでの話は、前に書きました。今日は、その先。開業してから分かった、現実のほうです。

開業して分かった、3つの誤算

税金は、儲かってなくても来る

まず、お金の話。

一番びっくりしたのは、税金の重さ。

消費税って、利益が残っても残らなくても、売上にかかってくるんですよ。儲かってない月でも、関係ない。

さらに、予定納税っていうのがあって。前の年の分をもとに、先にドカンと払うやつです。これが、一括で、ドカンと来る。

保険も、めちゃくちゃ高いです。雇われてたころは、会社が半分持ってくれてたんだなって、独立してから知りました。

しかも、売上が上がれば上がるほど、税金も保険料も、どんどん、どんどん上がっていく。頑張って売上を伸ばしたら、そのぶん出ていくお金も増える。これは正直、びっくりしましたね。

だから、言い切ります。お金の管理をちゃんとしないと、マジで火の車になります。 売上があることと、手元にお金が残ることは、まったく別の話なんですよ。

夜の机の上で、電卓と封筒の束のそばに、通帳を押さえる手元

同じ味を出しても、同じだけお客さんは来ない

これが、たぶん一番大きな誤算で。

僕が雇われてた店は、土日になると、お客さんがひっきりなしに来る店だったんです。何百人っていう単位で。

だから、思ってたんですよ。同じ味を出せば、同じだけお客さんは来るって。

味も、商品も、サービスも、雰囲気も、値段も。働いてた店に近いもの、同じくらいのものを出せば、土日はひっきりなしに来るだろう、と。

現実は、違いました。

お客さんは、そこまで来なかったんですよ。

何が違ったかというと、場所です。同じ味でも、場所が変われば、来るお客さんの数は同じにならない。これ、雇われてるときは、まったく見えてなかったんですよね。お客さんがたくさん来るのは、自分の腕だけのおかげじゃなかった。

人の扱い方は、アート

もうひとつは、人のこと。

これは、もう、アートですね。正解がない。人が変われば、やり方も変わる。

人のことは、閉店してからが本番、という話にも書いたので、ここでは短くしておきます。ただ、開業前に想像していたより、何倍も重かった。それだけは言っておきます。

一番苦しかったのは、誰も来ない1時間

じゃあ、お金で一番苦しかったのは、いつか。

シンプルです。

店を開けて、1時間、お客さんが一人も来ない。

でも、バイトはいる。電気はついてる。ガスも、水道も、エアコンも、全部ついてる。お金は、どんどん出ていく。

なのに、お客さんは一人も来ない。

ってことは、マイナスじゃないですか。マイナスを、垂れ流してる。

これ、精神的に、けっこう来るんですよ。売上が少ない日より、何倍もきつい。時計の針が進むたびに、お金が減っていくのが見えるので。

照明だけが点いた、誰もいないラーメン店の客席。奥の厨房に店主の後ろ姿が小さく見える

開業してから知る苦しさって、たぶん、こういうものなんですよ。帳簿の上の赤字より、目の前の空っぽの客席のほうが、ずっと重い。

やめたほうがいい人は、「儲けたい」が一番に来ている人

じゃあ、開業をやめたほうがいいのは、どんな人か。

僕の答えは、ひとつです。

「儲けたい」が、一番に来ている人。

違うんですよ。一番前に来なきゃいけないのは、**「お客さんを喜ばせたい」「楽しませたい」**っていう思いなんです。

儲けは、あとからついてくるものです。その前に、大事なものがある。順番が逆だと、たぶん、続かないと思います。

だって、さっきの「誰も来ない1時間」。あれを、「儲からない」だけで耐えるのは、無理なんですよ。「来てくれたお客さんを、喜ばせたい」があるから、次の1時間も、のれんを出していられる。

接客の極意は、お客さんを幸せにしたい、これだけと前に書きましたけど、開業も、根っこは同じだと思ってます。

今、スタッフに「独立したい」と言われたら

さて、冒頭の話です。

今、うちの店のスタッフが「いつか独立したいんです」と言ってきたら。

僕は、最初に「やめとけ」と言います。

しかも、あえて、ちょっとつらめに言います。

「不安定だよ。お客さんが来るかどうか、分からないよ。支払いもすごいよ。物の値段は、どんどん上がっていくから。店の内装をいじるにしても、昔とは比べものにならないくらい、お金がかかるよ」

で、そのあとに、こう聞くんです。

「今の話聞いて、どう思った?」

それで、「ああ、難しいな」と思うなら、やめなさい。

それでも「やりたい」と言うなら、やりなさい。

これが、僕の「やめとけ」です。

雇われ時代に聞いた「やめとけ」と、言葉は同じなんですけどね。僕のは、引き止めるための「やめとけ」じゃないんです。**本気かどうかを、本人に確かめてもらうための「やめとけ」**なんですよ。決めるのは、言われた本人なので。

閉店後の厨房。洗い終えた寸胴の横に、たたまれた前掛けが置かれている

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも、書いておきます。

「で、結局、開業はやめたほうがいいんですか?」

それは、僕には決められないんですよね。

ただ、さっきのつらめの話を読んで、それでも「やりたい」と思ったなら、たぶん、もう答えは出てるんだと思います。「難しいな」と思ったなら、それも、ちゃんとした答えです。

「店主は、開業して後悔してないんですか?」

してないです。

開業前の自分に、一言だけ言えるなら、こう言います。

「もっと早くやれよ」

どうせ、同じように苦しい思いをするんですよ。遅くやっても、早くやっても。だったら、早いほうがいい。

「やめとけって言ってくれる人は、全員、自分の都合で言ってるんですか?」

いや、そんなことはなくて。本気で心配して言ってくれる人も、もちろんいます。

だから、「誰が言ってるか」と一緒に、**「何を言ってるか」**も聞いてほしいんです。税金のこと、場所のこと、誰も来ない時間のこと。具体的な話をしてくれる「やめとけ」は、聞く価値があります。中身のない「やめとけ」は、たぶん、その人の都合です。

「やめとけ」と言われたら、自分に聞いてほしいこと

まとめますね。

ラーメン屋の開業は、やめとけ。その言葉は、半分は本当です。税金は儲かってなくても来るし、同じ味を出しても同じだけお客さんは来ないし、誰も来ない1時間は、本当に苦しい。

でも、半分は、言ってる人の都合です。雇う側に立てば、いい人に辞められたくないのは、当たり前なので。

だから、「やめとけ」と言われたら、自分にこう聞いてみてください。

「今の話を聞いて、どう思った?」

「難しいな」と思ったなら、やめていい。

それでも「やりたい」なら、やったらいい。そして、やるなら、一番前に「お客さんを喜ばせたい」を置いてください。儲けは、そのあとから、ちゃんとついてきますから。