「店長、これやりづらいです」——店の道具が、俺の握力に合わせて作られてた話

厨房で、小さな茶碗にお湯を注いで卵を温める手元

今日はね、目から鱗が落ちた話をします。経営の考え方の見直しになった話なので、今日のはかなり参考になると思いますよ。耳の穴かっぽじって、読んでいってください(笑)

味玉は、温めてから乗せる

まず前提から。うちはトッピングで味玉が出たら、必ず温めてからラーメンに乗せます。

冷蔵庫から出した冷たい卵をそのまま入れると、スープが冷めちゃうんですよ。逆に、温かい状態で乗せるとスープと馴染んで、ちょうどおいしくなる。だから注文が入るたび、お湯で温める——これがうちの段取りです。

温める容器は、子ども用の茶碗でした

で、その温める容器が何かというと——プラスチックの、子ども用のお茶碗です。

あれに麺釜のお湯を入れて、その中で味玉を温める。開店からずっとこれでやってきました。何年も、です。

ただこの茶碗、正直、お湯がちょっと入れづらいんですよ。で、何回も使ってるとぬめりが出て、つるっと滑る。手からバシャッといきそうになることが、稀にある。

でも俺は、こぼしません。握力が強いので。(ちょっと自慢です)

主婦さんが、こぼした

で、先日です。主婦のスタッフが味玉を温めようとして——つるんと滑って、こぼしたんですよ。

先に言っておくと、やけどはありません。そんなに熱くないお湯だったので。原因は熱さじゃなくて、ぬめりで滑ったこと。

考えてみたら当たり前なんです。あの茶碗、取っ手がない。親指と人差し指でつまんで持つしかない。熱いものを扱うから慎重になるし、俺ほど握力があるわけでもない。——滑る条件が、そろってたんですよね。

「取っ手のついたやつに、した方がいいんじゃないですか」

そのあと、主婦さんが言ってくれたんですよ。

「店長、これ、つるつる滑ってやりづらいです。取っ手のついた入れ物——液体を測るやつみたいなの、ありますよね。小さすぎても大きすぎてもダメだから、500mlくらいのにした方がいいんじゃないですか」

……あ、なるほどな、と。

計量カップですよ。取っ手があるから滑らない。注ぎ口があるからお湯も入れやすい。500mlなら味玉がちょうど浸かる。——完璧な答えを、もらっちゃったんです。

ラーメンの上の、つやのある味玉のクローズアップ

「俺はできる」は、基準にならない

ここからが、今日いちばん言いたいところです。

なんで俺は、何年も気づかなかったのか。

俺はできてたからなんですよ。握力が強いから、滑らない。何年もやってきたから、疑問にすら思わない。「やりづらい道具」が、俺の手の中でだけ「やりやすい道具」になってた。

つまりうちの店の段取りって、気づかないうちに、**「俺仕様」**になってたんです。俺の握力、俺の身長、俺の慣れに合わせた設定・準備・シナリオ。作った本人は一生気づきません。だって、本人はできちゃうから。

でも店って、俺一人で回すもんじゃないんですよ。主婦さんも、高校生も、入ったばかりの子も使う。だとしたら——

店の道具は、いちばん力の弱い手に合わせる。 これが正解なんです。いちばん弱い手でやりやすい道具は、全員にとってやりやすい。逆は成り立たない。

この前書いた「蓋」の話と、根っこは同じです。あっちは情報がベテランの頭の中にしかなかった。今回は道具が俺の手に合わせてあった。店の穴は、作った本人には見えないんですよ。

……と、ここまで言うとね、こう思いますよね

自分へのツッコミも書いておきます。

「で、計量カップは買ったんですか?」

まだです(笑)。営業中に言われたので、買いに行く時間がなくて。次の買い出しで、取っ手つきの500mlを買ってきます。ここで宣言しておけばサボれないので、書いておきます。

「この前(シフト締切の話)は主婦さんの意見を飲まなかったのに、今回は即採用。人によって差をつけてません?」

いい質問ですね。差をつけてるのは「人」じゃなくて「中身」です。

締切の話は、ルールを曖昧にする方向の意見だった。飲んだら管理コストが増える。今回は、作業をやりやすくする方向の提案で、飲んだらミスとコストが減る。——物差しは同じで、「全体で見て、店が良くなるか」。それだけなんですよ。

「言われるまで気づかないの、店長としてどうなんですか?」

恥ずかしい。正直、恥ずかしいです。

でもね、さっき書いたとおり、自分で作った段取りの穴は、自分では見えないんですよ。だから大事なのは「全部自分で気づくこと」じゃなくて、「やりづらいです」って言える空気があること。言ってくれた主婦さんに、感謝してます。あの一言がなかったら、この先も誰かがこぼし続けてたので。

調理台に置かれた、プラスチックの子ども用茶碗

自分仕様に、なってないか

まとめますね。

長くやってる店ほど、道具も段取りも、作った人仕様になっていきます。作った本人はできちゃうから、疑問にすら思わない。そこに別の手が入ったとき、初めて穴が見える。

だから、たまに自分に聞くといいですよ。**「これ、俺ができるだけじゃないか? 全員が、できる形か?」**って。

うちの子ども用茶碗は、長年ありがとうってことで、近々引退です。次の買い出しで、全員の手に合う道具に代わります。