券売機の前の10秒——お客さんは、お腹と財布と感情に相談してる
2026-09-10

今日はね、券売機の話をします。
うちの店でいちばん地味で、いちばん働いてる機械です。僕、あいつのこと、毎日見てるんですよ。正確には——あいつの前に立つお客さんのことを。
常連さんは、迷わない
まず、気づいたことから。
常連さんってね、頼むものが決まってるんですよ。券売機の前に立って、ピッ、で終わり。迷いがない。いつもの一杯が、その人の中でもう決まってるので。
じゃあ、誰が迷うのか。初見のお客さんとか、まだ来て間もない人です。で、面白いことに、セット物を買っていくのも、だいたいこの人たちなんですよね。
券売機の前の、10秒
初めてのお客さんって、券売機の前で10秒くらい止まるんですよ。
あの10秒、何をしてると思います?
僕はね、相談してるんだと思ってます。相手は三者。お腹と、財布と、感情。
お腹は「今日はどれくらい食えるか」。財布は「給料日まで、あといくらか」。感情は「今日は、いくぞなのか、どうなのか」——この三者会談を、券売機の前の10秒でやってるんですよ。
だってそうじゃないですか。僕らだって、よその店の券売機の前で、同じことやってますからね。
お客さんは、階段を一段ずつ登る
で、ここからが今日いちばん言いたいところです。
初めての店に行ったら、みんな、まず素のラーメンを頼むじゃないですか。その店の基準を知りたいから。
食べて、「あ、この店、チャーシューうまいな」ってなったら——次に来たとき、チャーシュー麺を頼む。
じゃあ、チャーシュー丼はいつ頼むのか。
チャーシュー丼って、ちょっと勇気が要りません? だって単品で400円、500円するわけですよ。ラーメンに足したら、けっこうな金額になる。外したら痛い。
だから、順番があるんです。ラーメンでチャーシューを知って、チャーシュー麺で「やっぱりいいな」って確かめて——そこで初めて、丼に手が出る。
お客さんは、階段を一段ずつ登ってるんですよ。いきなり三段目には、飛ばない。

店の仕事は、次の一段を見せておくこと
そう考えるとね、店側の仕事って、はっきりするんです。
迷わせないこと。 次の一段を、見えるところに置いておくこと。
チャーシュー麺まで登ってきた人に、「丼も、ありますよ」って——広告みたいに、そっと見せてあげる。そうすれば、三段目に足をかける人は増えるはずなんですよ。
実際うちは、券売機のトップに写真で出してます。文字だけより、写真のほうが一発なので。
でも、出しすぎると券売機がカオスになる(笑)
じゃあ全部押し出せばいいかっていうと、逆なんですよね。
あれもおすすめ、これもおすすめって全部貼ったら、券売機がカオスの状態になっちゃうんですよ。全部が主役の券売機は、何も主役じゃない。お客さんの10秒が、20秒、30秒になっていく。迷わせないためにやったことが、迷わせる原因になる。
だからここは、厳選です。伝えるべきことだけを、伝える。
これ、メニューを醤油一本に絞った話と同じ考え方なんですよね。増やすより、削るほうが、伝わる。
……と、ここまで言うとね、こう思いますよね
自分へのツッコミも書いておきます。
「それ、お客さんを誘導してるだけじゃないですか?」
半分そうです。でもね、僕の中にルールが一個あって——まずいものは、推さない。
チャーシュー丼を見せるのは、チャーシュー丼がうまいからです。うまいと分かってるものへの階段を短くしてあげるのは、誘導というより案内だと思ってます。それに、迷う時間が減るのって、お客さんにとっても楽なんですよ。
「10秒の相談って、覗きすぎでは(笑)」
覗いてるわけじゃないんですけどね。厨房から見えちゃうんですよ、毎日、何十人分も。
それだけ見てると、分かるようになるんです。すっと押す人、止まる人、一回離れてまた戻る人。券売機の前って、その人の今日が、ちょっとだけ出る場所なので。
「で、写真を出して、選択率は上がったんですか?」
正直に言うと——数字では、まだ測ってません。 体感では出てる気がしてますけど、それは「気がする」の域です。
ただ、原価の話でも書きましたけど、うちは一杯ごとの積み重ねの商売なので、丼が一日に数個増えるだけでも、月で見ればぜんぜん違う。ここは今後、ちゃんと数字で見ようと思ってます。

10秒の会談に、そっと資料を差し込む
まとめますね。
券売機の前の10秒で、お客さんはお腹と財布と感情の三者会談をしてます。で、お客さんは階段を一段ずつ登ってくる。ラーメン、チャーシュー麺、その先の丼へ。
店の仕事は、その会談にそっと資料を差し込むことです。「次の一段、ここにありますよ」って。ただし、資料は厳選して一枚だけ。全部差し込んだら、会談がカオスになるので。
券売機って、ただの機械じゃないんですよ。うちの店とお客さんの、最初の会話の場所なんです。